Story

Story — My Narrative 私の物語

病気も、失敗も、挑戦も、全部人生の材料になった

病院の天井から始まった人生

秋田県生まれ。生まれつきの内臓奇形。長い入院生活。学校へ行けない日々。 病院の天井を見ながら過ごした子供時代。

あの頃の私は、人生は不公平だと思っていた。 なぜ自分だけがこんな目に遭うのか。病室の窓から見える空が、どれほど遠く感じたか。

でも今は思う。あの経験があったから、今の私がいる。

社会不適合と言われた頃

人と同じことができない。空気が読めない。要領も悪い。 学校でも、社会に出てからも、何度も否定された。

「あなたには無理だ」と言われるたびに、なぜかその言葉を証明するように失敗した。 そのループを抜け出すのに、ずいぶん時間がかかった。

でも振り返れば、社会不適合だったのではなく、
既存の枠に収まらなかっただけだった。

人財共育との出会い

人は変われる。人には可能性がある。 そのことを伝えたくて起業した。

2016年、株式会社こもちゃんを設立。 全国40都道府県、300回以上の講演。たくさんの人と出会った。

そして気付いた。人は能力で変わるのではない。
自分を信じられた時に変わる。

人財共育とは、知識を教えることではなく、 その人の中にある光を一緒に見つけることだと、今は信じている。

がんが教えてくれたこと

2022年。乳がん告知。
2023年。右乳房全摘。

命は永遠ではない。そう実感した。 手術台に乗りながら、何を後悔しているかを考えた。 答えはひとつだった。やりたいことをやらなかったこと。

だから決めた。生きているうちに、やりたいことをやろう。

北京からパリへ 日本人女性初

1929年式Buick。14,500km。37日間。 砂漠。暴風雨。故障。乳がん治療。すべてを抱えて走った。

モンゴルの草原で道を見失った夜。ロシアの泥濘で車が沈んだ朝。 言葉も通じない場所で、それでも人に助けられ、 人を助け、前に進んだ。

完走した時に思った。人生は、やれるかどうかじゃない。やるかどうかだ。

2024年、True Grit賞受賞。 日本人女性として初めて、北京パリラリーを完走した。

そして今

2026年。肺手術を経て、リハビリを続けながら活動継続。

体が言うことを聞かない日もある。思い通りにいかないことも多い。 それでも、人生を面白がる実験を続けている。

病気と向き合いながら、自分の命を全力で使い切ろうとしている。

失敗も、病気も、挑戦も、すべて生きた教材になる。 人生は思い通りにならない。だから面白い。

— KOMO

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